2017年09月30日

毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻

幕末から維新期において、
肥前佐賀藩からは、
後の日本を築くこととなる多くの人物が巣立って行きました。

この「佐賀暦」は、そんな彼らの足跡と
それらのもととなった、戦国時代の龍造寺家~鍋島家をめぐる事件を
日付ごとに記しているものです。

半月単位でブログに掲載していますので、ぜひご覧になって
気になる日に何があったかを楽しんでください~!

10月1日~10月15日の巻
※1872年までは旧暦分で表記しております



10月1日

室町時代1570元亀元龍造寺隆信 大友宗麟
筑後の田尻鑑種が大友軍と龍造寺軍の仲裁を行ない、和平成立。「風雲 肥前戦国武将史」 P68

安土桃山時代1592天正20鍋島直茂
豊臣秀吉がこの日、名護屋城に再びつく。途中、握り飯を握って沿道に置いた慶誾尼の配慮を秀吉がほめたエピソードがある。われらの郷土 昔の今日 ○月の巻

江戸時代末期1857安政4鍋島直正
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲鍋島直正、佐賀藩がオランダより飛雲丸を購入。鍋島閑叟(杉谷昭)巻末

10月2日

江戸時代初期1607慶長12龍造寺政家
龍造寺政家没(52歳)。高房が亡くなってから一ケ月経たぬうちの死去。佐賀県史(上巻)年表

江戸時代末期1850嘉永3鍋島直正

毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
鍋島直正が築地に反射炉を築き、大砲を鋳造。鍋島閑叟(杉谷昭)巻末

江戸時代末期1854嘉永7鍋島直正
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲江戸大地震、桜田佐賀藩邸倒壊。鍋島閑叟(杉谷昭)巻末

明治時代1868明治元鍋島直正
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
明治維新が終わり、7月16日に帰佐。塚崎温泉(現武雄)でゆったり(?)湯につかる郷土史に輝く人びと P50

明治時代1872明治5江藤新平
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
江藤新平が、人身売買の禁止と娼妓、年季奉公人を解放する。江藤新平と明治維新 P222

10月3日

室町時代1570元亀元龍造寺隆信 大友宗麟
大友軍が和議の結果高良山より撤退。(一応和議を結んだ形で)龍造寺隆信 P244

10月4日

安土桃山時代1582天正10龍造寺隆信 鍋島直茂
田尻鑑種、龍造寺氏に離反。鷹尾城に挙兵。龍造寺としては最も恐れていたことが起こった。以前、甥の蒲池鎮並を謀殺され、その遺児統虎丸を殺すように命令されたことが遠因にあるはず。史伝「葉隠の名将」鍋島直茂 P143


江戸時代末期1859安政6佐賀藩
越後長岡藩の河井継之助が佐賀城下を訪れる。反射炉を外から見たり、本庄津からの大砲の積み出しをけ袁学している。大隈重信(大園隆二郎著) P130


明治時代1868明治元鍋島軍
佐賀藩兵、会津に進撃。鍋島閑叟(杉谷昭)巻末

10月5日

江戸時代末期1845弘化2鍋島直正
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
直正が長崎防備につき福岡藩と交渉をはじめる。郷土史に輝く人びと P47

江戸時代末期1862文久2久米邦武
弘道館の最優等生だった久米邦武が、江戸の昌平坂学問所に進学するよう発令が出る(江戸に向かったのは11月11日 原田敬太郎氏と一緒に)久米邦武~史学の眼鏡で浮世の景を~ P50

江戸時代末期1866慶応2鍋島直正
鍋島直正、伊万里でボールドウインの診察を受ける。郷土史に輝く人びと P49

明治時代1868明治元鍋島茂昌 武雄軍
戊辰戦争・武雄軍酒田に集結する。(10月4日~)ネット年表

10月6日

江戸時代末期1850嘉永3鍋島直正
鍋島直正、佐賀での種痘は元町中元寺1ヶ所に限る。ネット年表

10月7日

明治時代1868明治元鍋島茂昌 武雄軍
戊辰戦争・鍋島茂昌、酒田を発し東京に向かう。ネット年表

10月8日

室町時代1545天文14鍋島直茂
鍋島直茂、16歳で初陣。龍造寺隆信の佐嘉奪回戦で小田政光の蓮池城を攻める。史伝「葉隠の名将」鍋島直茂 P86


室町時代1553天文22龍造寺隆信
龍造寺隆信、小田政光の蒲池城攻撃開始。 「加世町(かよちょう)の戦い」龍造寺隆信 P131


明治時代1879明治12大木喬任
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
司法卿大木喬任、拷問に関する法規を廃棄することを決意、建議。実施となる。大木喬任年譜考 P264

10月9日

明治時代1869明治2鍋島直正
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
鍋島直正が横須賀製鉄所を見学。郷土史に輝く人びと P50

大正時代1916大正5大隈重信
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
大隈重信 第二次内閣辞職。

10月10日

安土桃山時代1600慶長5鍋島直茂
佐賀城において柳川攻めの軍議。先陣争いは、龍造寺派の復権を秘する後藤茂綱(しげつな。隆信の孫)と、鍋島派の鍋島勝茂。ただし、柳川勢の最新情報を携えて遅れて到着した鍋島茂里が場所の利をとり、先陣を望み、認められる。葉隠物語P90


江戸時代初期1614慶長19鍋島勝茂
鍋島勝茂が江戸城普請を終えて駿府に立ち寄り家康に拝謁。翌日大阪冬の陣に向けて従軍。われらの郷土 昔の今日 ○月の巻

江戸時代中期1719享保4山本常朝
山本常朝、没。61歳われらの郷土 昔の今日 ○月の巻

江戸時代末期1832天保3鍋島直正
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
鍋島直正が弘道館経費を年170石に増設。ネット年表

江戸時代末期1858安政5鍋島直正
鍋島直正がオランダから購入した電流丸に乗る。郷土史に輝く人びと

10月11日


江戸時代末期1863文久3鍋島直正
鍋島直正、三重津で幕府注文の蒸気機関完成。鍋島閑叟(杉谷昭)巻末毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲歴史寸劇「蝶よ、渡れ」より、直正と佐野常民


明治時代1881明治14大隈重信
明治14年の政変。大木喬任年譜考 P322毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻


10月12日

明治時代1881明治14大隈重信
明治14年の政変にて参儀免官。

明治時代1884明治17大木喬任佐野常民"
東京の佐賀同郷義会が芝区愛宕町の清松寺で大会開催。参儀大木喬任、元老院議官佐野常民、海軍中将中牟田倉之助ほか、鍋島一門など500人が参集。※同会は佐賀県出身の学資に乏しい優秀な学生への援助を目的に設立されている。大木喬任年譜考 P367
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲若き日の大木喬任(手前)と佐野常民(奥)が共演する歴史寸劇「散るもまた良し。」

10月13日

安土桃山時代1600慶長5鍋島直茂
鍋島家の柳川攻めの決着がつく。行司役の加藤清正、黒田如水らを前に立花宗茂は城を明け渡す。われらの郷土 昔の今日 ○月の巻

江戸時代末期1856安政3島義勇
島義勇が京都に入る。月性、梁川星厳、池内大学、梅田雲浜らの訪問を受ける。楠公義祭同盟 年表
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲島義勇

10月14日

安土桃山時代1577天正5龍造寺隆信
諫早西郷氏一族が龍造寺隆信へ起請文を入れる。佐賀県史(上巻)年表

江戸時代末期1830文政13鍋島直正
鍋島直正、藩主就任後はじめて非定期の人事を行ない、古賀穀堂を年寄相談役に迎える。幕末の鍋島佐賀藩 P13
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲2017年9月3日の「5周年記念特別上演」における歴史寸劇「あまねく人を。」ではいつもは八賢人の枝吉神陽役の浦川忠敬が、古賀穀堂を演じた

江戸時代末期1834天保5鍋島直正
鍋島直正、諸富津に抱女を置くことを禁止、また富くじの発行を停止。幕末の鍋島佐賀藩 P36
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻


江戸時代末期1867慶応3大隈重信
大政奉還 ※大隈はもともとは自分らが長崎の後藤に持ちかけた「大政奉還」のアイディアを、紆余曲折の末、先に「藩論」として自藩土佐藩の合意をとりつけた後藤象二郎の功績となったため、佐賀藩の出遅れを悔いた。楠公義祭同盟 年表
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲その時の悔しさを語る大隈重信。今度は鬼退治に再び上方に向かう(歴史寸劇「鬼の首あげい!」より)


明治時代1873明治6"大木喬任 大隈重信 江藤新平 副島種臣"
三条太政大臣が「対韓政策」の決着をつけるために重大な閣議を開く。(旧肥前藩出身では大木喬任、大隈重信、江藤新平、副島種臣が参加)大木喬任年譜考 P157
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲この会議の結果が、佐賀の乱につながる(歴史寸劇「さがんもん」より)

明治時代1873明治6
征韓論(江藤新平など征韓派)大激論(対朝鮮外交問題)※征韓派下野

毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲幕末・維新 佐賀の八賢人おもてなし隊の キャッチコピー「幕末の躍動と維新の無念」の「維新の無念」はまさにこの会議からはじまると言えます。

10月15日

室町時代1557弘治3    又弘治4龍造寺隆信 神代勝利
隆信の家老 小河信安が神代勝利が占領する春日山城奪取の兵をあげる。龍造寺隆信 P153


江戸時代末期1861文久元枝吉神陽
平野国臣が来佐。枝吉神陽を訪ねるが、神陽は江戸に行っていたので会えず。楠公義祭同盟 年表
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲佐賀藩の俊英らはもちろん、全国の有志からも崇拝されていたカリスマ・枝吉神陽

江戸時代末期1864元治元年義祭同盟志士たち(大木喬任、副島種臣ら)
大興寺にて、義祭同盟の志士たちが集まると、「大木喬任日記」に記されている(1月15日、3月15日、4月15日、6月15日、9月15日、10月15日にも同様の記事あり) 枝吉神陽先生遺稿 P305
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻
▲「地味でもいいのじゃ。いざという時に腹の底をど~んと語り、行動で示すができれは」鍋島直正の予感どおり、枝吉亡き後、義祭同盟を陰になり牽引したのは、大隈でも江藤でもなく、まさかの大木喬任であった(歴史寸劇「散るもまた良し。」)
 
明治時代1873明治6"大木喬任 大隈重信 江藤新平 副島種臣"
三条太政大臣が「対韓政策」閣議2日目。西郷欠席。(旧肥前藩出身では大木喬任、大隈重信、江藤新平らが参加(※参加者要確認))※大木と大隈は辞表提出。大木喬任年譜考 P160

明治時代1881明治14大隈重信
明治14年の政変により、辞表提出。
毎日が記念日★佐賀暦 10月1日~10月15日の巻


以上です

◆この「佐賀歴史暦」は歴史に興味があって佐賀に来訪される方に興味を もっていただくために観光業に携わる方に知っていただく目的で個別の書物、情報を編纂、作成したもので商業的目的はもっておりません。   


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Posted by 幕末・維新 佐賀の八賢人おもてなし隊 at 08:28 | Comments(0) | 佐賀暦
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