2017年02月28日

今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日

歴史上、佐賀の八賢人関連の幕末・維新時期や
戦国時代の龍造寺・鍋島家などを
中心にどんな出来事があったかを調べて、暦にしました。
幕末・維新 佐賀の八賢人おもてなし隊の歴史寸劇で関連のあるシーンもあわせてお楽しみください。

今日は何の日?佐賀暦
2月16日~2月28日


2月16日室町時代1569永禄12龍造寺隆信  大友宗麟大友宗麟、龍造寺を討つべく、高良山吉見岳に陣をひく。龍造寺隆信 P210
2月16日江戸時代末期1836相良知安相良知安、佐賀城下八戸町で生まれる。父は柳庵で藩の外科医。鍋島閑叟(杉谷昭) P114
★相良知安さんのご子孫が作ってらっしゃるすばらいHPがあります↓
http://sagarachian.jp/main/
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲日本の近代医学の方向性を定めた相良知安。東大医学部の創設者でもあります。佐賀の12賢人の一人。「佐賀12賢人歴史散策お楽しみ帳」や「賢人バッジ」にもなっています。

2月16日江戸時代末期1838天保9大隈重信
大隈重信 誕生。
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲なんと相良知安の誕生した2年後の同じ日に、大隈重信が誕生しています。

2月16日明治時代1874明治7江藤新平 島義勇未明、江藤らが佐賀城を攻撃。佐賀の乱、勃発。 佐賀城焼失。
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲歴史寸劇「さがんもん」より。江藤新平と島義勇

2月17日明治時代1873明治6久米邦武ベルギーへ久米邦武 ~史学の眼鏡で浮世の景を 年表

2月17日
明治時代1874明治7江藤新平 島義勇佐賀の乱2日目・佐賀城において激しい攻防。城側の弾薬、食糧が乏しくなる。佐賀の乱始末記「獄中に哭く」(滝口康彦)

2月18日明治時代1874明治7江藤新平佐賀の乱・岩村軍は大反撃を受けて、早朝、県庁(本丸)から撤退。筑後方面へ退却。反乱軍が追撃。佐賀県庁は征韓・憂国両党において占拠される。幕末維新と佐賀藩 P199
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日

2月18日明治時代明治12副島種臣宮島誠一郎が、副島を内閣顧問に添えるように時の政府に建白書を提出明治国家と副島種臣 P59 

2月19日明治時代1868明治元佐野常民発注した軍艦日進丸の視察やユトレヒトの病院・博物館を見学してこの日パリに戻る。日赤の創始者 佐野常民 P45 

2月19日明治時代1874明治7江藤新平佐賀の乱・八幡神社に置いていた本陣を藩校弘道館に移し、全軍5,000の兵を三瀬朝日山、豆津、江見、六田方面に配し、官軍の反撃を迎え討つ考えを示す・政府からは佐賀県下暴徒征討令が出される。※政府軍は後続として野津少将が率いる東京鎮台、大阪鎮台の兵が続々博多に上陸。主力部隊が直ちに佐賀を目指す。福岡貴属隊は山越えで佐賀に迫るべく、三瀬峠を目指す。"片桐さんの原稿より
幕末維新と佐賀藩 P199
※佐賀の乱始末記「獄中に哭く」(滝口康彦)
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2月20日江戸時代初期1637寛永14鍋島勝茂鍋島勝茂が佐賀城下18町に駄賃馬60疋を置く。ネット年表

2月20日明治時代1868明治元佐野常民パリにて、パリ博覧会の総裁であったフランス皇太子に拝謁し、陶器などを献上。「展観の礼詞」を述べる。日赤の創始者 佐野常民 P45 
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲歴史寸劇「良いではないか。」より 佐野常民

2月20日明治時代1872明治5佐野常民昨年8月7日に工部大丞兼灯台頭に任命の佐野常民が博覧会御用掛も兼務になる。日赤の創始者 佐野常民 P53

2月20日明治時代1873明治6佐野常民佐野常民が博覧会事務副総裁としてオーストリアへ出発。日赤の創始者 佐野常民 P57

2月21日江戸時代末期1848弘化5鍋島直正佐賀藩、当分の間、鹿島藩の公務用捨を幕府に願い出る。ネット年表
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲鍋島直正

2月22日安土桃山時代1595文禄4"鍋島直茂 以下
龍造寺一門"朝鮮出兵にあたり、龍造寺一門をまとめて軍令をかけるように秀吉に指示された鍋島直茂が、起請文を表す。大意は「自分はお家のために、政家様のために尽力しているのに、それが分かってもらえない。このような神文を書くのは私の面目を失うことになるが、申し上げざるを得ないので書いた。政家様については、今後もおまもりしていく」。初期の鍋島佐賀藩 P67

2月22日江戸時代初期1683天和3鍋島家佐賀藩に「三家格式」ができ、本藩と三家の紛争に一応の終止符が打たれる。佐賀県史(中巻) 年表 および P174

2月22日江戸時代末期1866慶応2鍋島直正将軍家茂が親書をもって鍋島直正の上阪を要請。鍋島閑叟(杉谷昭)巻末

2月22日明治時代1874明治7江藤新平佐賀戦争・激戦の末、夜に江藤新平は香月経五郎を伴い、神埼へ。征討軍はまず朝日山の佐賀軍を攻撃。熊本鎮台軍も千栗、豆津をへて朝日山へ向う。朝日山の激戦。佐賀側の防衛陣が突破され総崩れ。"片桐さんの原稿より
幕末維新と佐賀藩 P199
※佐賀の乱始末記「獄中に哭く」(滝口康彦)"

2月23日明治時代1868明治元佐野常民パリにて野中元右衛門の墓参りを行なう。日赤の創設者 佐野常民 P44 
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲佐野に勧められて秘薬「野中うさいえん」をはじめて口に含む島義勇と枝吉神陽 歴史寸劇「おないとし」より

2月23日幕末明治1874明治7江藤新平佐賀戦争・田手川の堤防で両軍開戦。朝8時から夕方までの大激戦。中原・神埼方面の戦闘(寒水(しょうず)村、政府軍に敗れる。江藤は自軍(北軍)の解散を宣言。江藤、有明海から薩摩方面へ(この夜は丸目村に泊まる。(村の女たちが、江藤に同情して空腹になったら食べるようにと夜通し「あめがた」を作る)"片桐さんの原稿より、
大木喬任年譜考P183 幕末維新と佐賀藩P201あめがたの件)「江藤新平と明治維新」(P297 )"

今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日

2月24日江戸時代初期1637寛永14鍋島勝茂鍋島勝茂の「御書出控」が記された日。窯業保護政策で、唐人および韓国人のみが窯業についていることがわかる。佐賀県史(中)P377原本は「肥陽旧章録」

2月24日明治時代1873明治6久米邦武オランダへ久米邦武 ~史学の眼鏡で浮世の景を 年表

2月24日昭和時代1931昭和6久米邦武久米邦武 永眠。 享年93歳(上大崎の自宅にて) 麻布一本松の賢崇寺に葬られる郷土史に輝く人びと P213

2月25日室町時代1545天文14"龍造寺剛忠 以下
龍造寺一門"龍造寺一族が馬場に謀殺され、城を奪われたことを知り、龍造寺与党の千葉胤連(龍造寺剛忠の外曾孫・彦法師丸を帯同して隠居した)が晴気城へ戻る。史伝「葉隠の名将」鍋島直茂 P75

2月25日江戸時代末期1851嘉永4鍋島直正佐賀藩、反射炉溶鉄に四度目の挑戦をしたが失敗。(大砲を作ろうとしていた。この後、五次では4月10日に砲身を完成させた。鍋島閑叟(杉谷昭) P28
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲「人は熱でできている」当日をふりかえる隠居後の鍋島閑叟 歴史寸劇「茶飲みに来んか?」より

2月25日
明治時代1874明治7江藤新平江藤新平が、船で鹿児島に脱出して、この日米の津港につく。佐賀の乱始末記「獄中に哭く」(滝口康彦)

2月26日江戸時代末期1839天保10寺沢 元三郎厳木幕領一揆のため小城藩より300人出兵。 ※一揆の指導者ネット年表

2月26日江戸時代末期1866慶応2鍋島直正将軍家茂からの親書が鍋島直正に届く。兵を率いて大阪に来るように要請されたが健康を理由に断る。郷土史に輝く人びと P272

2月27日室町時代1545天文14"龍造寺剛忠 以下
龍造寺一門"晴気城へ戻った龍造寺与党の千葉胤連に対し、少弐冬尚が討伐の軍を進め、城下を焼く。史伝「葉隠の名将」鍋島直茂 P75

2月27日江戸時代初期1638寛永15鍋島勝茂鍋島勝茂が原城二の丸の出丸を乗っ取る。佐賀県史(中巻) 年表

2月27日江戸時代末期1864元治元年鍋島直亮(小城藩)小城藩第10代藩主。鍋島直亮、病により永眠。36歳。(このあと小城藩は太田蔵人刃傷事件など、お家騒動がはじまる。)佐賀偉人伝「江藤新平」P29
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲歴史寸劇「聞き耳えびす」はまさにこの事件の直前の設定(1864年2月20日頃) 路上で出くわした 島義勇、大隈重信、そして江藤新平

2月27日明治時代1868明治元"島義勇 大木喬任
江藤新平"この日、京都にいた島、大木、江藤らが桃花源中(花街?)に逢う。他に土佐の土方久元、薩摩の前田杏斉らも同行。郷土史に輝く人びと P104
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲京に上った島義勇。派手な着物を着て浮かれている(歴史寸劇「良いではないか。」より)

2月28日安土桃山時代1593文禄2鍋島直茂文禄の役・鍋島直茂が、朝鮮の王子とともに、漢城へ戻ってくる。隊は一時は金剛山を越えており、食糧不足と寒さ、そして伏兵の執拗な奇襲にさらされる困難な軍旅を経て帰還した。文禄・慶長の役 P106

2月28日江戸時代末期1852嘉永5鍋島直正佐賀藩、第13回目の鋳造で二基の反射炉を使用。鍋島閑叟(杉谷昭) P29

2月28日明治時代1868明治元"島義勇 大木喬任
江藤新平"3人が前夜京都で再会を祝い、明けてこの日に、江藤、大木の寓家を訪ねた。郷土史に輝く人びと  P104
今日は何の日「佐賀暦」★2月16日~2月28日
▲気心知れた三人。大木宅に訪れた島と江藤らの様子(「1871年東京の大木宅が舞台 歴史寸劇「酒もってこい」より)

2月28日明治時代1874明治7江藤新平佐賀戦争・政府軍が佐賀に入城。幕末維新と佐賀藩 P201







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Posted by 幕末・維新 佐賀の八賢人おもてなし隊 at 04:51 | Comments(0) | 佐賀暦
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